中年夫婦の35日間オーストラリア旅行記
 いい街シドニー
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6月8日(木)
Harbour Bridgeシドニー到着直前、バスは通勤ラッシュの渋滞にかかり、のろのろ運転。ハーバー・ブリッジをゆっくりと渡る。定刻よりちょっと遅れて8時20分セントラル駅 Central Station のバスターミナルに着く。
シドニー Sydney は人口約375万人、いわずと知れたオーストラリア最大の都市、ニュー・サウス・ウェールズ New South Wales の州都である。3ヵ月後にオリンピックを控え、いたるところに "Sydney 2000" の飾り付けが溢れている。

近いはずの宿が思ったより遠い。坂道を、重い荷物を背負って、道に迷って尋ね歩きながら、15分以上かかってようやくたどり着く。
クラウン・シティ・ロッジ Crown City Lodge は、オージーと日本人の奥さんがオーナー。奥さんのお姉さんも一緒に働いている。掃除やベッド・メイキングもワーホリで働く日本人の青年だ。我々の泊まった部屋にはキッチンとバルコニーが付いており、タバコを吸うためにわざわざ部屋の外に出る必要がない。ダイヤル・インの電話が付いていた。
(この宿は、残念ながら2001年中頃、看板を下ろしてしまった。ご夫妻は今ではゴールド・コーストに拠を移し、ホリデー・アパートを経営されているそうだ。)

旅装を解き、12日のメルボルン行きのバスの booking のため、再びセントラル・ステーションへ。道が分かってしまうと駅までは意外に近い。近くのシドニー・セントラルYHAの1階にあるビュッフェで昼食休憩。
歩いている人は中国系の人がやたらに多い。それにしても、どこの街に行っても中国人のバイタリティには驚かされる。
マーケット・シティ Market City 【写真右】に行く。スーパー・マーケット、レストランやフード・コートのほか、国際色豊かなブティックが入っている。1階はパディーズ・マーケット Paddy's Market で、ガイド・ブックには金、土、日のみ営業と書いてあったが、何故か開いていた。広いフロアに800を超える露店が所狭しと並び、値段は格安で、生鮮食料品、衣料品から土産品、電気製品まで、何でも売っている。家内は、ウォン・バットの小物を見つけ買って帰った。
シドニーのチャイナタウンは、この近くの二つの門に挟まれたディクソン・モール Dixon Mall を中心に広がっている。中華料理だけでなく、日本、タイ、マレーシアなど、アジア各国のレストランが軒を連ねている。
宿の近くで、Woolworth を見つけ、食材を買い込んだ。



6月9日(金)
今日は、あのオペラ・ハウス Opera House に向かう。ハイド・パーク Hyde Park の園内を抜け、マックァリー・ストリート Macquarie St. から王立植物園 Royal Botanic Garden に入る。 園内には4000種以上の植物が世界中から集められ、池や噴水の間に美しくレイアウトされている。
オペラ・ハウスびっしりと芝生が敷き詰められ、ジョガーが走っている。行く先々の街で鳥と戯れたが、海に面したこの街はカモメだ。
オペラ・ハウスのビュー・ポイントを探しながら園内を散策する。絵葉書で見慣れたオペラ・ハウスとハーバー・ブリッジを並べて捉えたあのアングルは、北端の Mrs. Macquaries Chair からのものだった。
しかし、残念なことに、昼を過ぎてしまったため陽が西に傾き始め、すべて逆光。コンパクト・カメラでは如何ともし難い。これから行かれる方は、午前中に、そして長いレンズ・フード付きのカメラで狙うようお奨めする。

海べりを通ってオペラ・ハウスに近づき、建物の周りをまわる。デンマークの建築家ジョーン・ウッツォン Jorn Utzon の設計になるもので、シドニー湾を疾走するヨットの帆をイメージしている。工事の遅れで、着工以来14年を要して1973年にようやく完成した。なんと、真っ白く見えていた屋根はタイル張り(?)で、目地が切れている。大発見?! 日本からのツアーの団体さんがいた。スーツとコートに身を包んだ、我々とは段違いにリッチな旅人たちだ。

再びハイド・パークを抜けて宿まで歩いて帰った。
シドニーはさすがに大きな街で、道のりは遠い。そして寒い。家内の機嫌がだんだん悪くなる。考えてみれば、朝から歩きどおしだった。それに、道に迷った昨日のこともある。

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