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アンザック・ビスケット ANZAC Biscuit
オーストラリアには、アンザック・ビスケット "ANZAC Biscuit" というクッキーがあり、ベジマイト Vegemite やあの巨大なオージー・バーベキューと同様に、オーストラリアを代表する食べ物となっている。
アンザック・デーにはそれそれの家庭のレシピで焼かれて家族やパーティーで楽しまれ、また、在郷軍人組織の資金集めの手段としてバザーなどで売られる。 最近ではスーパーや菓子店などでも1年中売られていて、我々旅人も目にし口にすることができる。
小生、クッキーを焼けるわけではない(焼いたこともない)が、現在最も一般的なレシピと作り方を紹介しておこう。
◆アンザック・ビスケットの起源 さて、アンザック・ビスケットの起源は?となると、いくつかの説があるようだが、いろいろと聞きかじった話を紹介しよう。 アンザック・ビスケットは、スコットランドのオートケーキ Oatcakes に由来するというのが通説。 スコットランドからの移民は、これをパンと同様に肉やチーズあるいはジャムと共に朝食や昼食に供していた。 19世紀中頃の古いレシピでは、砂糖もココナッツも使っていない(使いたくても使えなかったようだ。)。 1890年代になると、砂糖やシロップがたまに加えられるようになり、オートケーキは時おりビスケットとして供された。1910年頃には、ココナッツ、卵、ミルクなどの他の材料が加えられるようになる。 ◆兵隊さんのビスケット 第一次世界大戦が始まり、兵士を戦地に送り出したオーストラリアやニュージーランドの妻、母親、ガールフレンド達は、男達の食べ物の栄養を心配していた。できるだけ栄養価の高いものを持たせてやりたい、送ってやりたいと考えていた。 ただし、一つの問題があった。彼女達が兵士達に送る食べ物は、すべて商船で戦地まで送られる。そのスピードは約10ノット。ほとんどの船は冷蔵設備を持っていなかったから、2ヶ月を超える輸送期間の後でも安全においしく食べられるものでなければならない。 婦人達が出した結論は、可能な限りの栄養価を含んだビスケットだった。彼らが使った材料は、押しからす麦、砂糖、小麦粉、ココナッツ、バター、ゴールデン・シロップまたは糖蜜、重炭酸ソーダ。 興味ある事実は、当時のアンザック・ビスケットの材料にミルクや卵が含まれていなかったことである。理由の一つは、ミルクや卵のような腐りやすい材料を使えなかったこと。もう一つの理由は、養鶏農場のほとんどの男達が戦争に参加したため、卵が不足していたことだったという。 最初、このビスケットは「兵隊さんのビスケット」 "Soldiers' Biscuits" と呼ばれたが、ガリポリ上陸作戦の後、一般的に「アンザック・ビスケット」 "ANZAC Biscuits" と呼ばれるようになった。 一方、赤十字などの慈善団体は、ガーデン・パーティや屋台などでアンザック・ビスケットを売って兵士を送り出すための資金を集めた。数人の女性が屋台でビスケットを売っている当時の写真が残されており、ビスケットの皿に "ANZAC Biscuits" と記されているのが読めるそうだ。 ◆堅い堅い乾パン 銃後の留守家族が心をこめて作ったアンザック・ビスケットは、以上のようなものだったが、政府が製造して兵士達に支給したものは、「軍隊ビスケット」(ANZAC Wafer または ANZAC Tile としても知られている)と呼ばれ、本質的にはパンの代わりをする貯蔵寿命の長い「乾パン」だったという話もある。 パンともアンザック・ビスケットとも違って、このビスケットはものすごく堅く、兵士はこれを粉にして水と砂糖を加えて「かゆ」にして食べていたものもいたそうだ。 当時、アンザックと一緒に戦った他国の兵士達の間では、これがアンザック・ビスケットだと考えられていた。 ちなみに、この種のお菓子、米語では cookie,cooky、イギリス英語では biscuit と呼ばれるが、英語の biscuit には、「乾パン」の意味がある。 起源はともあれ、現在作られているものはあくまでもクッキーであり、外側はカリカリっとして、中身はしっとり感のある結構おいしいお菓子である。
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