中年夫婦の35日間オーストラリア旅行記

こぼれ話

 

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渚にて ON THE BEACH

この映画は、1959年に配給されたスタンリー・クレイマー監督 Stanley Kramer の社会派SF。ネヴィル・シュート Nevil Shute の同名の原作を映画化したものだ。
グレゴリー・ペック Gregory Peck 、エヴァ・ガードナー Ava Gardner 、アンソニー・パーキンス Anthony Perkins 、それにフレッド・アステア Fred Astaire という、かなりのオール・スター・キャスト。

私がこの映画をはじめて見たのは、大学2年のことだったと思う。こぼれ話5でも書いたが、ほぼ全編に流れるウォルシング・マチルダの曲が印象的だった。
時はまだ冷戦時代の真っ只中にあり、核戦争の恐怖も身近に感じられた頃の作品。身の引き締まる思いで鑑賞したのを覚えている。

この作品を撮ったスタンリー・クレイマーが先年亡くなった。数々の名作を提供してくれた巨匠に心からの感謝をささげ、冥福を祈りたい。

そして2003年6月12日、この映画で主役をつとめたグレゴリー・ペックも亡くなった。87歳。
「ローマの休日」「ナバロンの要塞」「アラベスク」「白鯨」「頭上の敵機」「大いなる西部」などなど。大学時代まで洋画一辺倒だった私にとって、忘れられない俳優の一人である。心からご冥福を祈りたい。


◆あらすじ
 1964年、米ソの対立により勃発した第3次世界大戦は、開戦間もなく終結した。それから数ヶ月、北半球は放射能に覆われすべての人類は死滅してしまった。唯一南半球の一部だけが今のところ放射性降下物の汚染を免れ、オーストラリア・メルボルンには、まだいつものような人の営みがある。

 そんなある日、ドワイト・タワーズ Dwight Towers (Gregory Peck) 艦長指揮下のアメリカの原子力潜水艦ソーフィッシュがポート・フィリップ湾 Port Phillip Bay に浮上する。既にアメリカという国家は消滅している。束の間の休息をとる艦長と乗組員たち。
 メルボルン郊外のフランクストン Frankston 、メアリー・ホルムズ Mary Holmes (Donna Anderson) は、夫ピーター・ホルムズ大尉 Peter Holmes (Anthony Perkins) に、何故彼がブリディー司令官 Bridie (John Tate) に呼ばれたのかを尋ねる。ホルムズはブリディーから、自分が調査隊の乗組員に選ばれたことを知らされる。妻と子どもを残していくことを心配して、ホルムズは調査行がどのくらいの期間なのかと司令官に質問する。ブリディーは4ヶ月間だといい、科学者達の計算では、放射性雲がオーストラリアに到達するまで5ヶ月しか残されていないことを説明する。ホルムズは艦長に報告するが、艦長は調査行について何も語らない。

 ホルムズは妻に、週末を一緒に過ごすため艦長を招待したことを告げ、パーティーを開こうと提案する。メアリーは同意し、タワーズに会わせようと彼らの友人モイラ・デビッドソン Moira Davidson (Ava Gardner) を招待する。モイラは駅に着いたタワーズに会い、パーティに連れて行く。飲み過ぎてしまったイギリスの科学者ジュリアン・オズボーン Julian Osborn (Fred Astaire) が他の客の「世界的な悲劇は科学者の責任だ」という発言に気分を害するまでは、パーティーはうまく行っていたのだが……。オズボーンが相手を罵ったとき、モイラは悲鳴を上げて彼を黙らせ、部屋を飛び出ていく。ホルムズはモイラをなだめるが、彼女は誰かが差し迫った運命について話しているのを聞くことに我慢ができないのだという。パーティの後、タワーズは彼女に、彼とその乗組員が惨劇のとき水中に潜って生き残った様子を話して聞かせる。酔ったモリアはタワーズに近づこうとするが酔いつぶれてしまう。タワーズは彼女をベッドに運ぶ。

 翌日海軍省の本部で、ジョーゲンソン教授 Jorgenson (Peter Williams) が、北半球の降雨と降雪が大気中の放射能を降下させ、生き残った者への脅威を多少は和らげるかも知れないという理論を説明する。司令官はホルムズに対し、今度の調査行はこの理論を試すため可能な限り北へ向かうことであると伝える。モイラは艦にタワーズを尋ねるが、家族のことを現在形で話す彼の癖にますます心を乱されてしまう。モイラはオズボーンに会うが、彼もまた調査行に加わる予定であることを知る。

 ブリディーに呼ばれたタワーズは、誰も生き残っていないはずのサンディエゴの近くから発信されている無線信号が見つかったという驚くべき事実を聞かされる。
 原潜に乗って北へ向かった乗組員が目にしたのは、廃墟と化した都市。建物は元のまま残っているが、街を歩いている人の姿はない。どこまでもどこまでも無人の街……。キャッチした謎のモールス信号は、空のコーラの瓶が風にはためくカーテンの紐に引っ掛かり、無線機に接触して発信されているものだった。潜水艦の若い乗員が、彼の故郷サンフランシスコ沖で、街には誰もいないことそして彼も間もなく死んでしまうことを知りながら、仲間を残して岸へ向かって泳ぎ出す。

 メルボルンの人々はやがて来る死の灰におびえながらも最後の時まで冷静に生活を送る。逃げる場所も助かる方法もないのだから。人々は不安を楽しみで紛らわす。マス釣りの解禁日が早められ、釣りを楽しむ市民達。お酒を飲んで歌を歌う。しかし決してパニックにはならない。例のワルツィング・マチルダが時には陽気に、時にはレクイエムの様に流れる。
 ついに海岸のガイガーカウンターの針が弱くしかし確実に震えはじめた。とうとう人類最後の土地にまで放射能はやってきたのだ。ソーフィッシュがメルボルンに戻って来る頃、放射線症の最初の症例が報告される。
 最初は日常の仕事に向かう人々で溢れていたメルボルンの街路は、精神的な導きを求めて救世軍に向かう人々、政府の配給する安楽死用の薬に列を作る人々という、まったく逆の群集で再び混み始める。

 初産を終えたばかりの若い母親は赤ん坊を抱き薬を拒む。夫がやさしく言う。「この子を健康のうちに生涯を終えさせてあげよう」。アマチュアレーサーとしての夢を果たしたオズボーンは、マシンのコクピットでエンジンをふかしながら薬を飲む。艦長は故郷のアメリカで死のうと希望者を乗せてアメリカへ向け出港する。それを渚で見送るモイラ。

 カメラは誰もいなくなったメルボルンの通りをパンした後、風にはためく横断幕に焦点を合わせる。それは現代社会への僅かな希望と暗黙の警告を示している。
「兄弟よ、まだ時間はある。」 “There is still time... brother.”

(ちなみに、この映画には "THE END" という例のエンド・マークは出ない。)


 悲劇はどうして起こったのか。ソーフィッシュの乗組員がオズボーンの周りに集まり彼らの運命について説明を求めたとき、誰がボタンを押したのか、そして何故押したのかさえ、知っている者は誰も生き残っていなかった。

 オーストラリア人の評論家によれば、最後の部分にオーストラリア人の性格をうまく描写したところがあるという。一つは、二人の男が、終末までに彼らのお気に入りのビンテージ・ワインの貯蔵品を仕上げるのに時間が足りないと嘆くシーン。もっとうまいのは、このような壊滅に向かう状態のもとでさえスポーツ・イベント(このケースでは、フィリップ島グランプリ)を開催し続ける頑固さだそうだ。

監督・製作:スタンリー・クレイマー
原作:ネヴィル・シュート
脚本:ジョン・パクストン/ジェームズ・リー・バレット
出演:グレゴリー・ペック/エヴァ・ガードナー/フレッド・アステア/アンソニー・パーキンス/ドナ・アンダーソン



◆エンド・オブ・ザ・ワールド
実はこの "On The Beach" は、昨年(2000年)にリメイクされた。今度の日本名は「エンド・オブ・ザ・ワールド」。映画での設定は前作「渚にて」とは多少異なる。

2006年。中国の台湾侵略を阻止すべく、アメリカが中国に宣戦布告をした。戦況が悪化する一方の中、中国は遂にアメリカに核弾頭を発射。報復のため、アメリカ側も中国に核爆弾を落とし、北半球は完全に壊滅した。
祖国が全滅必至の中、死を免れたアメリカ海軍の潜水艦が、放射能がまだ届いていない南半球オーストラリアを目指し、メルボルンに到着する。
だが、未来は楽観できなかった。風向きが変り、北半球にとどまっていたはずの放射能が南半球に広がり始めていた。
悲観的な予測がはびこっている中、豪政府お抱えの科学者の一人が、北半球の放射能は、核爆発時に空いたオゾン層の穴から入ってくる紫外線により弱まっているとの楽観説を唱え始め、一縷の望みにかけ、政府はアメリカの潜水艦を北緯60度以北に派遣し、放射能汚染度の計測を命じる。
出航前日、北半球に生存者がいる証拠を、豪政府はつかむ。それは、北のどこかから送られてくる、ビデオ・ファイルが添付されたEメールだった。文字化けのため、ビデオもメールもきちんと見ることはできないが、人がいることは確実。放射能レベルの低下調査の旅は、メール発信者探しという、格段と希望に満ちたものになり、遂に潜水艦は北へ出発した。